さ え ず り

過去データ
〜〜〜『ほおじろ』2003.06.巻頭言から〜〜〜

21世紀の日本野鳥の会の任務とは何か?
また、
バードウォッチングをする上のマナーとは何か?

日本野鳥の会・千葉県支部

バードウォッチングの始まりと、日本野鳥の会の歴史。

野外で鳥類を見るという行為はイギリスで始まり、「バードウォッチング」という言葉はもちろん英語起源で、1901年が初出の言葉です。
イギリスのバードウッチング揺籃期のテキスト類。
T.A.カワードの本。
有名なピーターソン図鑑。
フィールドガイドの条件を備えた、世界で初めての図鑑であった
1954年初版。
1920年初版のカワードの本はカラー図版が多数納められ、鳥類とその卵のガイドであった。
エッグコレクターが多かった。
日本では、江戸時代、一部の大名家で「本草学」「博物学」の一環として鳥類図譜が作られ、「飼鳥」は庶民文化の一部となりました。
明治以降は、動物学者が鳥学研究を始めました。市民が、野外で鳥を見始めたのは、中西悟堂が、1934年に日本野鳥の会を作り、探鳥会を始めてからのことで、「野鳥」という言葉も、その時点で作られたものです。
1934年の『野鳥』創刊号。 1938年刊行の下村兼史『原色日本鳥類図鑑』
下村図鑑は、日本で初めてのフィールドガイドであった。
第二次世界大戦後、日本野鳥の会は変貌します。初めは、カスミ網、空気銃を禁止させる活動など、 直接的に鳥類を守る活動でしたが高度成長期には、全国各地で開発行為が盛んになり、 鳥類の生息環境そのものが破壊され、日本野鳥の会も自然保護団体に脱皮していきました。
やがて、1981年には、自前の資金でウトナイ湖にサンクチュアリを作り、全国各地に同じ趣旨の施設が 生まれるきっかけとなりました。 また、渡り鳥の生息を守るには、国際協力が必要であるという認識から、1998年には、鳥と緑の 国際センターWINGを作りました。

野鳥を見る人口は増えても、見られる鳥類は激減しています。

さて、こうして、日本野鳥の会は、日本最大の自然保護団体に成長しましたが、地球規模でも、国内レベルも、自然環境は悲惨なまでに悪化しています。野鳥を見る人口は増えても、見られる野鳥は年々減る一方です。
こうした状況下で、今後は、日本野鳥の会も、自然環境を修復・再生する方向性を模索し、さらなる脱皮をすることが要請されているのではないでしょうか。
今年もすでに複数回の青潮が発生し、
被害も出ている。
盤洲では、吹送流の影響で地形変化が
生じている。
夜の三番瀬でスズガモの採餌状況を
調査する。
青潮で死んだマテガイ、シオフキ
などの貝殻。

バードウォッチングは鳥類の生活を覗き見る行為。
覗きのマナーを考えてみましょう。

さて、新緑のころは鳥類の繁殖期です。営巣現場では、観察も撮影もたやすいことから、 ついつい鳥類の生活を妨害することも多くなります。

バードウォッチングといっても、所詮は鳥類の生活を覗き見する行為にすぎません。
生活を覗かれるのは、鳥類にとっても心地よいものではないでしょう。鳥類の生活を、可能な限り妨害せずに、覗き行為=バ−ドウオッチングを続けたいものです。

繁殖期には特に注意が必要です。
巣の写真は撮らない、巣は覗かない、巣の前に立たない、 巣の存在を他人に教えない、繁殖現場に多数で踏み込まない・・・などということが、 覗きをさせてもらう人間が守るべき最低限のマナーではないでしょうか ?

地元の生活者に対するマナーとは?

野鳥人口が増えると、地元の生活者との軋轢も生じます。細い農道に多数の車で乗りつけたり、 魚網を踏んで歩いたりするなど、トラブルが生じがちです。
他人様の土地に入れていただき、鳥類を見せてもらっているのだという意識をもちたいものです。